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タイムスリップ(若松屋の歴史)
BAY HOMESの経営母体である若松屋の創業は、180年程前と古く、幕末の激動の時を一商人として西郷隆盛らと共に歩んだ。
若松屋創業

 長野県飯田市の紙屋騒動に関わった林金三郎は、これを機に弟の後藤三右ェ門を頼り、江戸に上り、酒屋を開業し初代若松屋の当主となった。
 この年表に登場する人物である後藤三右ェ門は今から180年前、若松屋の創始者林金三郎の弟であり、幕末の時代を動かした、今で言えば大蔵大臣の役所にいた人物で、少なからず若松屋に影響を与えていた人物である。
油堀
 
 現在の深川にあった地で、初代当主金三郎は紀州家の蔵元商人となり若松屋繁栄の基礎をかためていった。
歌舞伎

 天保12年(1841)10月江戸堺町(中央区日本橋)の中村座の楽屋から出火した火の手は隣接の町の市村座、薩摩座を焼き付近の各町を焼失させる大火となった。当時歌舞伎に傾倒していた若松屋店主夫妻は、再建のため市村座に二千両を工面したとされている。
斉藤家

 初代林金三郎は69才で1860年に没するが、子供を授からなかったため若松屋の後継ぎとして長年縁深い関係のある斉藤家の茂七、志計夫妻を長野県飯田より迎え入れ。そこから斉藤家による若松屋の160年がスタートした。1994年11月2日に現若松屋当主斉藤武、顕子により、浅草永見寺にある林金三郎の墓に参り、法要を行ったばかりである。
裏屋敷

 当時若松屋は、薩摩屋敷の御用商人として出入りし、薩摩焼酎の造り酒屋であり、この一帯では大きく商いを構える豪商であった。当時20軒間口という屋敷には飲み屋の部分と酒蔵と、特別な要人を接待する奥座敷(裏屋敷)があった。人目につきにくかったこともあり、薩摩の人間が隠れ家的に、ことあるごとに利用していたようである。
会見の場は若松屋裏屋敷(仮説)

 幕末の動乱期、政治の裏方として動いた若松屋の姿が浮かび上がってくる。前述した若松屋の裏屋敷には、寺院と墓地があり、続いて江戸湾(東京湾)に注ぎ入る堀が流れ隠密に会合をもつには格好の立地であった。屋敷には歴史を騒がせた西郷隆盛、勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟といった著名人が束の間の余興に興じていたという。飲み代替わりに書き残していった書(4名の)掛け軸は、現在若松屋に保存されている。
 慶応3年(1867)に庄内藩による薩摩屋敷焼き打ち事件があった際には、薩摩屋敷の貴重品を若松屋の裏屋敷の蔵に運びいれたという。
 開国と江戸城無血開城という歴史上の一大ストーリーに若松屋が裏方の一町人として深く係わったということが、この様な出来事からも推察することができるのではないだろうか。
 若松屋裏屋敷に通じる江戸湾から注ぎ込む堀(通称重籍堀)は、現在長谷川工務店本社ビル前を通り、日本電気本社ビル(薩摩屋敷跡地)に隣接していた。当時は船が行き交う水上交通路であり、西郷隆盛とは係わりも深かった若松屋をすべての面で好条件の会見指定地に定めたのだろう。
 屋敷の広さ、要人専用の座敷、船より2人が居合わせ会見したのち、船に乗って何事もなかったかのように立ち去る様子まで目に浮かぶようである。

年表に見る若松屋
文化

 

 

 

 

1820

1809(文化6年12月5日)

1812(文化9年)


1816(文化13年)

1818(文化15年)    

紙屋騒動(現長野県飯田市於)

若松屋林金三郎(後藤三右ェ門の兄)が江戸にて酒屋を始める。この時、後の若松屋二代目となる齊藤家の携わっていた、にごり酒と何らかの関わりがあったとされる

奥輔 後藤三右ェ門 光亨となる

水野忠邦唐津より浜松へ移る

文政

 

1830

1823(文政6年) 

1829(文政12年)

飯田市大火 後藤三右ェ門500両見舞金として被災者に送る

後藤三右ェ門二分金改鋳,二朱銀を鋳造

天保

 

 

 

1844

1834(天保5年)

1835(天保6年)

1837(天保8年)

1841(天保12年) 

尾上菊五郎 来飯田

天保通宝新鋳(当時百文)を造る

五両判一分判改鋳する

天保の改革

江戸堺町(日本橋)の中村座、市村座、薩摩座が大火のため焼ける

弘化

 

1848

1844(弘化元年) 

後藤三右ェ門断罪(50才)

林金三郎油堀で紀州家蔵元商人を勤める 

嘉永

 

 

 

1854

1851(嘉永4年)      

1853(嘉永6年)  

島津斉あきら活躍

ペリー来航

浅草猿若町にて新たに中村座、市村座、薩摩座が楽屋を建て直す

若松屋二千両工面する

安政

 

 

1860

1854(安政元年)

1858(安政5年)

1859(安政6年)

島津斉あきら西郷を伴って江戸へ

伊井直弼大老となる。 島津久光国父となる

安政の大獄

万延

 

1860

1860(万延元年)     

桜田門の変 伊井直弼殺害。 林金三郎没(69才) 

文久

 

 

 

1864

1862(文久2年)  

西郷隆盛島から帰る。 三謹交代三年に一度となる

林金三郎没後、長野県飯田市より斉藤茂七夫妻が若松屋に後継者として上京し2代目となる

元治

 

1864

1864

 

慶応

 

1866(慶応2年)

1867(慶応3年10月14日)

1868(慶応4年3月14日)

西郷隆盛、京都で勝海舟と会談

大政奉還 薩摩屋敷焼討、若松屋の裏屋敷の蔵へ薩摩の貴重品運び入れる

田町・芝界隈で西郷隆盛、勝海舟が会見を行う

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